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東京高等裁判所 昭和26年(う)5275号 判決 1952年1月26日

控訴人 原審検事 田中万一

被告人 井上健二こと西村嘉久治

検察官 松村禎彦関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金参千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審並びに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は末尾に添附した原審検事田中万一作成名義の控訴趣意書のとおりで、これに対し次のとおり判断する。

よつて按ずるに、原判決が被告人は正当の理由なく株式会社モンココ本舗正門附近から同会社の塀を乗り越えて同会社構内に侵入しと認定し、これを軽犯罪法第一条三二号に該当するものとして処断したことは所論のとおりである。

しかし原審が取調べた証拠に現われた事実によれば、被告人が侵入した場所は右会社の敷地構内として門塀を囲らし、外部との交通を制限し、守衛警備員等を置いて外来者がみだりに出入することを禁止していた場所であることを認めるに十分である。而して刑法第一三〇条に所謂建造物とは単に家屋だけでなく本件のような会社の敷地構内もこれに包含するものと認めるべきものである。しかるに原審がこれを前記のように単に入ることを禁じた場所にすぎないものと認めたのは人の看守の点につき事実を誤認したか或は建造物の解釈を誤つたかのいずれかであつて、この誤が判決に影響を及ぼしていることは明白であるから、論旨は理由があり、原判決は破棄すべきものである。而して本件は当審において直ちに判決するに適するものと認められるから、刑事訴訟法第三九七条、第四〇〇条但書に則り次のとおり破棄自判する。

被告人は昭和二六年三月一日午前九時三〇分頃、先に東京都杉並区高円寺四丁目五八一番地株式会社モンココ本舗において企業整備を理由に、五〇数名の人員整理をしたことにつき、被整理者等がその整理理由等につき会社側に説明を求め、同会社構内において会社側と会談中、右被整理者等のため会社側と会談することのできる者と認めるべき正当の理由もないのに、会社側の被整理者以外の者の立入拒否を無視し、右会談に加わる目的で右会社正門附近からその塀を乗り越えて故なく、同会社々長の看守する同会社敷地構内に侵入し、その後右正門内側で局外者の侵入を阻止していた同会社々員小野寺定雄の左内股附近を足で蹴り暴行を加えたものである。

証拠の標目

一、原審第二回公判調書中、証人古市三郎、同小野寺定雄、同岩井寛二、同山本十重松の各供述記載

一、原審第四回公判調書中、証人宮崎伸子の供述記載

一、原審公判調書中、被告人の供述記載

一、株式会社モンココ本舗社長大鹿永一作成名義の覚書

一、写真その一、その二、

を綜合して各これを認める。

被告人の判示所為中、建造物侵入の点は刑法第一三〇条、罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項に、暴行の点は刑法第二〇八条、罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項に各該当し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから各罪につき罰金刑を選択し、同法第四八条第二項により各所定の罰金の合算額の範囲内において被告人を罰金三〇〇〇円に処すべきものとし、右罰金を完納することができないときは同法第一八条に従い金一〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべく、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項に則り、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 石井文治 判事 鈴木勇)

原審検事の控訴趣意

原判決には法令の適用に誤があつて、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄されなければならないと思料する。

本件公訴事実(記録第一丁)は、「被告人は昭和二十六年三月一日午前十時頃東京都杉並区高円寺四丁目五八一株式会社モンココ本舗正門内側で外部よりの侵入者を阻止していた同社員小野寺定雄に対し右足で同人の左股附近を蹴り以て暴行を加えたものである。」と云うのであつて、その罰条として刑法第百三十条と同法第二百八条とを適用すべきものとして公訴が提起されたものであるところ原判決は罪となるべき事実を次の通り判示した(記録第一九五丁判決書)「被告人は昭和二十六年三月一日午前九時半頃先に東京都杉並区高円寺四丁目五八一株式会社モンココ本舗に於て企業整備を理由に五十数名の人員整理をしたことにつき被整理者等がその整理理由等につき会社側の説明を求め同社構内に於て会社側と会談中、右被整理者のため会社側と会談し得る者と認むべき正当な理由もないのに会社側の被整理者以外の者の立入拒否を無視し右会談に加わるべく右正門附近から右会社の塀を乗り越えて右会社構内に侵入し右正門内側で局外者の侵入を阻止していた同会社員小野寺定雄の左内股附近を足で蹴り暴行を加えたものである。」

右公訴事実と判示罪となるべき事実の記載とを比較検討してみると、共に被告人が正当な理由がないのにモンココ本舗の塀を乗り越えてその構内に侵入した事実と小野寺定雄の股を足蹴にした事実とであつて両者は実質的に何等の差異もないことは明白である。しかるに検察官が本件被告人の所為を前記の如く刑法第百三十条の罪と同法第二百八条の罪との併合罪であると主張したのに対して原判決が被告人の右所為に対して軽犯罪法第一条第三十二号及び刑法第二百八条を適用してその併合罪であると判断したことは前記判決書の適条欄の記載によつて明らかである。すなわち適条の点につき被告人の所為の中刑法第二百八条の罪を構成する部分に付いては原判決と検察官との見解は全く同一であつて、残された他の部分即ち被告人が正当な理由がないのにモンココ本舗の塀を乗り越えてその構内に侵入したと云う点について両者の見解は岐れているのである。

ところで株式会社モンココ本舗構内の全ての建物と敷地の看守者が同会社の社長であることは証拠上論を要しないところであり又本件発生当時の同社々長が大鹿永一であることは覚書(記録第一四二丁)の記載によつて明白である。又右会社の全ての建物と敷地とが塀によつて外部と遮断されていることは第二回公判期日に於ける証人山本十重松のモンココ本舗には門が三つある旨の証言(記録第五三丁)並びに写真其の一及び其の二の画面(記録第一〇三丁)等により明白である。されば前記の被告人が正当な理由がないのにモンココ本舗の塀を乗り越えて同会社構内に侵入した行為が刑法第百三十条に規定する建造物侵入罪を構成するか或は単に軽犯罪法第一条第三十二号に規定する罪を構成するに過ぎないものであるか一にかゝつて塀に囲繞されたモンココ本舗の敷地内が人の看守する建物の中に包含されるか否かにあると云わなければならない、この点につき最高裁判所は先に昭和二十五年九月二十七日の大法廷に於ける下司順吉外十三名に対する建物侵入被告事件の判決(判例集第四巻第九号一七八九頁)中にその見解を明らかにし、工場の敷地であつても当該工場の附属地として門塀を設け外部との交通を制限し、守衛警備員等を置き外来者がみだりに出入することを禁止している場所は、刑法第百三十条にいわゆる「人の看守する建造物」に包含される旨判示して居り、これは洵に適切妥当な判例であると考える、すなわち、本件被告人の前記の行為が建造物侵入罪を構成することは極めて明らかであると云わなければならない。

されば本件被告人の所為は当然刑法第百三十条の罪と同法第二百八条の罪との併合罪として処断されるべきものであるのにこれを軽犯罪法第一条第三十二号違反の罪と刑法第二百八条の罪との併合罪として処断した原判決は前記の判例に反して法令の解釈、適用を誤つた失当なものであるから破棄されなければならない。

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